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最古の石器を作ったのは誰?

複雑な道具の製作はヒト属(Homo)の登場によって始まったというのが従来の通説だった。けれども今回、ストーニー・ブルック大学(米国ニューヨーク州)のSonia Harmandらが、これまでで最も古い石器を発見したことで、この説が覆される可能性が出てきた。先日、彼らがカリフォルニアの学会で発表した内容によれば、この人工遺物は最初のヒト属が登場するより前の330万年前のものと推定され、さらに古いヒト族(Hominini)の祖先に、洗練された道具を作れるだけの知性と器用さが備わっていたことを示唆している(訳註:Harmandらの研究成果は、Nature 2015年5月21日号310ページに掲載された)。

2015年4月14日にサンフランシスコで開催された古人類学会の年次総会でこの発表を聞いたカリフォルニア科学アカデミー(サンフランシスコ)の古人類学者Zeresenay Alemsegedは、「人類進化の重要な節目の1つに関わる画期的な発見です」と言う。

80年以上前、人類学者ルイス・リーキー(Louis Leakey)はタンザニアのオルドバイ峡谷で石器を発見した。数十年後、彼と妻のメアリー(Mary Leakey)をはじめとする発掘チームは新種のヒト属の化石を発見し、「器用な人」という意味のホモ・ハビリス(Homo habilis)と命名した。そこから、人類による石器の使用は、現生人類や、大きな脳を持つ背の高い祖先を含むヒト属の登場とともに始まったとする通説が生まれた。オルドバイ峡谷で見つかった石器のうち最古のものの年代は260万年前と推定された。これは、最古のヒト属の化石と同じ年代だ。密林をサバンナに変えた大きな気候変動がきっかけとなって、古代人は、草食動物を狩ったり肉食動物の食べ残しをあさったりする新しい技術を編み出すことになったのかもしれない。

オルドバイ型石器は、石同士を打ちつけて原石から剥片をはがし取って作る「石核」だ。チンパンジーなどのヒト以外の霊長類も木の実を割ったりするのに石を使うことがあるが、そうした石には、オルドバイ文化の道具製作者が見せたような技巧は凝らされていない。

2010年、Alemsegedらはエチオピアのディキカで興味深いものを見つけたと報告した(S. P. McPherron et al. Nature 466, 857-860; 2010)。それは、340万年前の動物の骨に残るカットマーク(石器による切断の痕跡)だ。この時代のアフリカ東部には、「ルーシー」などの化石で知られるアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)など、類人猿に似た猿人が生息していたことが分かっているため、このカットマークが本物であれば、ヒト属が登場する前から石器が作られていたことになる。けれども研究者の中には、骨の傷は踏みつけられたりワニに噛まれたりしてできたのだろうとして、石器による切断を否定する者もいた。

2011年、ケニアのロメクウィで発掘調査を行う研究チーム。 Credit: MPK-WTAP

Credit: MPK-WTAP

そこで、Harmandが率いるチームは、2011年にケニアのトゥルカナ湖の西側の発掘現場で300万年以上前の石器を探し始めた。7月のある日、発掘現場に向かおうとしたチームは道を間違えたことで偶然、調べる価値がありそうな地形を見つけた。お茶の時間までに、彼らは石器を製作するときに出る剥片のような石が地表にあるのを発見した。その区画を慎重に発掘すると、地中から石核を含む19個の人工遺物が見つかり、地表でもさらに数十個の人工遺物が見つかった。地表で見つかった重要なものの1つに小さな石の剥片がある。この剥片は、地中に埋もれていた石核の剥離面にぴったり合い、石器が剥離の工程を経て製作されたものであることを裏付けた。

Harmandらは、石器が出土した堆積物の年代を約330万前のものと推定した。石器は、オルドバイ文化の人工遺物よりもはるかに大きく、重さが15kgもあるものもあった。研究チームは、これらの石器は明らかに1つの文化の存在を示していると結論付け、発掘地点にちなんでロメクウィ文化と名付けた。Harmandは学会で、「ロメクウィは考古学的記録の新しい出発点になるのです」と語った。

この発掘地点では、ヒト族の化石も、石器による切断の痕跡のある動物の骨も見つかっていないため、誰がその石器を作り、どのように使用したかはまだ分からない。けれども今回の発見は、「複雑な道具の製作はヒト属の登場とともに始まった」とする、すでにかなり形勢が不利になっていた仮説に引導を渡すことになるかもしれない。Harmandは、トゥルカナ湖の西岸で骨が発見されているケニアントロプス・プラティオプス(Kenyanthropus platyops)やアウストラロピテクス・アファレンシスなどの猿人が、類人猿やサル程度の能力を使って、道具を作ったのではないかと主張する。彼はまた、ロメクウィ文化の石器が森林のある環境で製作されていることも、「人類が密林を出てひらけた場所で暮らすようになったことが道具の使用を促した」とする通説に疑問を投げ掛けているという。

カットマークのある動物の骨をめぐる論争の只中にあるAlemsegedは、ロメクウィの石器は、自分たちの発見に対する疑惑を晴らしてくれるものだと考えている。Alemsegedと同じ研究チームのエモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)の考古学者Jessica Thompsonは、Harmandによる発表の前に、ディキカで発掘された他の動物の骨の分析結果について発表を行った。それによると、2010年に報告された骨に似たパターンが見られる骨は1つもなく、これらの痕跡が自然にできたものではなく、おそらく道具を使って意図的につけられたものであることを示しているという。

ロメクウィに関する発表を聞いたジョージ・ワシントン大学(米国ワシントンD.C.)の考古学者David Braunは、さらなる詳細を知りたくてうずうずしている。彼は、Harmandらが発見した石は本物の石器のように見え、彼らが推測する年代も正しいように思われると言う。彼の好奇心を刺激するのは、石器の製作者だ。「15kgもある石器を使っていたなんて、いったいどんな姿をしていたのでしょう?」

なにより興味深いのは、ロメクウィの石器が、製作者にとってどんな意味を持っていたかという点だ。石器を製作する猿人は、同時代に生息していた他の猿人よりも優位に立つことができたのだろうか? それとも、400万〜300万年前には、現在考えられている以上に道具作りが普及していたのだろうか?

「いずれにせよ、この時代についての理解を一変させる発見であることは確かです」とBraunは話す。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150714

原文

Oldest stone tools raise questions about their creators
  • Nature (2015-04-23) | DOI: 10.1038/520421a
  • Ewen Callaway