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遺伝子ドライブでマラリアと闘う

マラリア予防には、現時点では殺虫剤処理を施した蚊帳が最も効果的であるようだ。 Credit: Paula Bronstein/Getty Images/Thinkstock

ヒトは、Plasmodium属の寄生虫が感染している蚊に刺されることでマラリアに感染する。これまでの研究から、体内に熱帯熱マラリア原虫(P.falciparum)が寄生しても、その増殖と伝播を阻止することのできる遺伝子が組み込まれた蚊が報告されているが1、このような耐性遺伝子を野生型の蚊集団に迅速に広める方法がなかった。

このほどカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の発生生物学者Ethan BierとValentino Gantz、およびカリフォルニア大学アーバイン校(米国)の分子生物学者Anthony Jamesらは、「遺伝子ドライブ」と呼ばれる方法を用いることで、通常ならば、遺伝子が子孫に伝わる確率は50%であるにもかかわらず、マラリアに耐性を示すよう遺伝的改変が行われた蚊がその新しい耐性遺伝子をほぼ100%の子孫蚊に伝達できることを実証し、2015年11月23日にProceedings of the National Academy of Sciencesオンライン版に報告した2

この研究成果は、マラリア耐性遺伝子を自然界の蚊集団に迅速に広めることが現実に可能であることを示している。

「この研究は、最終的な目標である、環境に放出可能でマラリア根絶に実際に使える遺伝子ドライブ候補の登場がかなり近いことを示唆しています」と、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ボストン)の進化工学者で、酵母や線虫における遺伝子ドライブを研究しているKevin Esveltは言う。

今回の論文の著者の1人であるJamesは、環境への遺伝子ドライブ蚊の放出が、蚊の遺伝学を用いてマラリアを制圧する30年間にわたる探索に終わりを告げるだろうと言う。

Jamesの研究チームはこれまでマラリア制圧を達成するための分子ツールを苦労して確立してきた。彼らは、遺伝子組換え蚊を作り出す技術(非常に困難であることがよく知られている)を考案し、また熱帯熱マラリア原虫に対して耐性を示す可能性のある遺伝子群を単離してきた。しかし、Jamesらは、これらの耐性遺伝子を野生型の蚊集団に確実に定着させる方法を持っていなかった。

早送り

遺伝子ドライブという概念は約10年前からあり、Jamesの研究チームは過去に遺伝子ドライブに取り組んでいた時期があった。しかし、彼らが試した手法では遺伝子の伝達に時間がかかりすぎ、諦めてしまった。

2015年1月にショウジョウバエでの遺伝子ドライブに成功したBierとGantzは、同じ系が蚊でも有効かもしれないと考え、Jamesと連絡をとった。Jamesはその好機に飛びついた。

BierとGantzは、CRISPR/Cas9と呼ばれる遺伝子編集系を基盤とするMutagenic Chain Reaction(MCR)法を用いて、ショウジョウバエで遺伝子ドライブを成功させた。彼らは、特異的変異を挿入するよう設計したgRNA、Cas9など、この遺伝子編集系の構成要素をコードする遺伝子をショウジョウバエに挿入したのだ。すると、この挿入変異がその相同染色体にもコピーされ、ショウジョウバエは変異をホモ接合性で持つことになった3。Jamesはこの系を用いて、これまでに自身の研究からマラリア原虫への耐性を引き起こす可能性が示されている2つの遺伝子を蚊に導入した。

この遺伝子ドライブ蚊は、改変遺伝子を99%以上の子孫に伝達した。全ての蚊がマラリア耐性であると確認するまでには至らなかったが、子孫蚊が改変遺伝子を発現したことが確認できた。

「非常に重要な成果です。この分野は急速に進化しています」と、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の政治学者で新たな技術を研究しているKenneth Oyeは言う。

他の研究チームもマラリアを制御できると考えられる遺伝子ドライブを開発している。ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)の研究チームは、サハラ以南のアフリカでマラリアを媒介する蚊の1種であるガンビエハマダラカ(Anopheles gambiae)においてCRISPRを基盤とする遺伝子ドライブを開発した。この研究チームの進化遺伝学者Austin Burtによれば、彼らの研究チームの遺伝子ドライブは、雌の蚊の卵産生に関与する遺伝子を不活化することにより、マラリアを媒介する蚊集団を減少させられるとの考えに基づいている。この結果は2015年12月7日にNature Biotechnologyオンライン版に掲載された4

2000年から15年間、サハラ以南のアフリカで歴史上最も大規模なマラリア制圧活動が繰り広げられ、殺虫剤処理を施した蚊帳や抗マラリア薬などに数十億ドルが投じられてきた。その結果、2000年以降の症例発生率は40%減少し、約7億症例が予防されたことが明らかになった(Bhatt, S. et al. Nature 526, 207–211;2015)。だが、目標のレベルにはまだ達していない。その上、温暖化によりマラリア罹患者は増加すると予想されている。

Oyeは、遺伝子ドライブを用いた野生型の集団の改変などの技術的進歩に、規制や政策議論が追いついていないと言う。遺伝子ドライブは全生態系を変化させ得る力を持つと考えられるため、論議が必要な技術なのだ。

実際に野外で遺伝子ドライブを実施する前に、遺伝子ドライブの安定性や他の種へ広がる可能性に加え、遺伝子ドライブを制御する方法など、遺伝子ドライブによって起こる変化について長期間の結果を調査することをOyeは望んでいる。「私は悪意よりも思い違いを心配しています」と彼は言う。

Jamesらは今回、インド亜大陸原産の蚊(Anopheles stephensi)で実験を行っている。それについてEsveltは、米国を研究拠点とする研究者が実験に外来種の蚊を用いるという賢明な選択をしたと評価する。「たとえ研究室から逃げたとしても、在来種と交尾して、遺伝子ドライブを広げることはないと考えられます」とEsvelt。

Jamesは、1年もかからずに実地試験に適した蚊を準備できると考えているが、実地試験を急ぐつもりはない。「社会科学の進歩に合わせて、この新しい技術の開発・利用を進めるつもりです。私たちは愚かなことをするつもりはありません」と、Jamesは言う。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160204

原文

‘Gene drive’ mosquitoes engineered to fight malaria
  • Nature (2015-11-23) | DOI: 10.1038/nature.2015.18858
  • Heidi Ledford & Ewen Callaway

参考文献

  1. Isaacs, A. T. et al. PLoS Pathog. 7, e1002017 (2011).
  2. Gantz, V. M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1521077112 (2015).
  3. Gantz, V. M. & Bier, E. Science 348, 442–444 (2015).
  4. Hammond, A. et al. Nat. Biotechnol http://www.nature.com/nbt/journal/vaop/ncurrent/full/nbt.3439.html